三国湊は、江戸時代後期から明治前期にかけて急速にこの湊町を発展させてきた。
千石の北前船が、日々往来する寄港地で、日本海有数の要湊として繁栄した。
町並みは整い、北前船の商湊として三国の町内は、繁々と賑々しく、海産物の店舗や、
紫檀細工・漆芸の蒔絵・螺鈿・象嵌・彫金等の三国細工の職人が技を競い合い
湊町の三国は急速な発展のよすがを写しだすように、古社寺の復興、そして湊町に
ふさわしい豪華で荘厳な三国祭へと昇華させ、今に伝えている。
三国は自然にも恵まれ、日本海の断崖絶壁の景勝東尋坊を中心とする国定公園を
座右に据えた天下一の観光地で知られている。
大正期以降、三国湊は商湊から漁湊に移り、日本海の味覚、越前カニ・甘エビ、
磯では、越前ウニ・岩のり・ワカメなど日本の珍味と、北部丘陵の恵まれた耕地でとれた
産物を用いてより優れた商品化も行われている。この町を訪れる遠近(おちこち)の
旅人への観光ニーズに応える町として、今、三国は、夢深きふるさとの三国として、
胸中に眠る創意が動き出す。
明日を生きる町、三国。 |